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本尊は千手観音菩薩で、昔からこの地方はもちろん広く県内外の信者が多く厄除の観音様として親しまれています。「北向」の名は長野の善光寺の南向きと、向きあっているところから名づけられたものです。善光寺と北向観音のご利益は一体のもので、その一つを欠けば"片詣り"であるといわれています。観音堂の創建(はじめて建てられること)は「北向厄除観世首縁起」にくわしく記されていますが、お堂の位置や、お堂に向かってまっすぐな長い参道が通っていることなどから、古い歴史をもつ寺であることがわかります。 お堂の右側には、この地方ではめずらしい桂の大木があります。また、この木の下に別所三楽寺(長楽・安楽・常楽)の一つである長楽寺があったといわれています。きっと長楽寺が北向観音堂をお護りしていたものと思われます。長楽寺の山号は、「北向山」と古文書に記されています。この観音堂は1694年(元禄7年)常楽寺がお護りするようになったので、長楽寺はそれ以前に廃絶したものと思われます。 観音堂の地を「院内」といいますが、この場所から、鎌倉時代から室町時代にかけてのものと思われる数多くのすばらしい石塔群が発見され歴史の学問の上から大変有名になりました。ですからこの土地はその時代から観音堂を中心にした一大霊場だったと想像されます。 この観音堂は1713年(正徳3年)に焼けてしまい、8年後の享保6年に再建され、その後いく度か改修されて現在に至っています。境内には数多くのお堂や鐘楼などが建てられ、句碑・歌碑・燈籠などが立ちならび、いまもこの地方では大変有名な霊場です。 |
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